気まぐれ思いつき日記

2012年4月から妻の海外赴任に伴い主夫業と育児に励む40代男性の日常。2年間ずつバンクーバー、LAに滞在、2016年8月末に帰国。現在は主夫と会社員とライターの三足のわらじで頑張ってます。バンクーバーやLAと関係ないことも多々あります。

2013/10

娘の補習校の宿題に「読書日記」というのがあって、本を読んで気に入ったシーンの絵と状況を書かなければなりません。先週は「かちかち山」、今週は「さるかに合戦」を読んであげました。どちらも僕が小さい頃に両親に買ってもらった「まんが日本昔ばなし」シリーズです。まんが日本昔ばなしといえば「熊の子見ていたかくれんぼ、お尻を出した子一等賞♪」のエンディングテーマでおなじみですね。
一体どうしてお尻を出した子が一等賞なのか、そもそもどういう競争だったのか、それより児童ポルノ的に大丈夫なのかと議論は尽きませんが、本題と外れますので今回は脇においておこうと思います。

とにかく「さるかに合戦」を読んであげたあと、なんとなくWikipediaで調べてみました。すると、あの芥川龍之介先生が「その後」を書いてるというではありませんか。早速調べて青空文庫で読んでみましたよ。

猿蟹合戦(芥川龍之介)

蟹、逮捕されてました。しかも死刑。共犯の蜂や臼は無期懲役。作中の世間の反応は

「証書の取り交わしがないから本当に約束があったかわからない」
「猿が青い柿の実を蟹にぶつけたというがそこに悪意はあったのか」
「そもそも柿の実をとってあげるという約束だけで熟した実かどうかまでは約束していなかったのでは」

等々かなり世知辛いものになっております。唯一味方した人も「動物園で猿におしっこをかけられた過去があるらしい」という裏があったり。おまけに遺された蟹の家族達も悲惨な目にあっていて、ちっともめでたしめでたしではないお話にされてしまいました。あらあらまあまあ。

めでたしめでたしではなかった、というお話とくれば話題になってるらしいこれですね。

newspaper

「新聞広告クリエーティブコンテスト」最優秀賞が衝撃的 / 小鬼が泣きながら「おとうさんは、桃太郎というやつに…」(Pouch)


「お父さんは桃太郎という人に殺されました」

小鬼の気持ちを思うとなんだか悲しくなってきます。せっかくだから小鬼の敵、桃太郎について調べてみたら芥川龍之介先生、桃太郎もちゃんと書いてました。さすが先見の明があります、まさにこの言葉にぴったり合致する内容。

桃太郎(芥川龍之介)

芥川版桃太郎ではとにかく桃太郎(あと猿も)の非道っぷりがすごいです。強欲だし自分勝手だし、人間のイヤなところ丸出しです。
一方で鬼達は、悪事ははたらかず南海の楽園・鬼ヶ島で明るく楽しく過ごしています。そして彼らが語る人間達の怖さが良い。

「お前たちも悪戯をすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え、人間というものかい?人間というものは角の生えない、生白い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女と来た日には、その生白い顔や手足へ一面に鉛の粉をなすっているのだよ。それだけならばまだ好いのだがね。男でも女でも同じように、うそはいうし、欲は深いし、焼餅は焼くし、己惚は強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……」

ともう散々です。

そんなおとなしい鬼達はある日突然、桃太郎に急襲されます。殺戮の限りを尽くす桃太郎一行。
「進め! 進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
どっちが鬼だよ。

累々たる屍の中で降伏した鬼の酋長が、なぜこのような仕打ちを受けなければならなかったのかを平伏しながら恐る恐る尋ねるシーンは人間の論理の矛盾っぷりが見事に表現されています。猿蟹合戦もそうですが、この人のこういうウィットは素晴らしいなと感心せざるを得ません。


こうなると同じく戦前を代表する作家として太宰治先生も負けてはいられません。彼が書いたのはこれまた昔話の名作「カチカチ山」。ちょうど先週、娘に読んであげたところです。おじいさんが悪さをする狸を捕まえて狸汁にしようとしたところ、おばあさんを騙して縄をほどかせた挙げ句撲殺し、さらには婆汁にしておじいさんに飲ませるという非道ぶりを尽くす狸。その狸をこらしめるため兎があの手この手で痛めつけ、最後は泥船とともに溺死させるという業の深いお話ですね。(読んであげたものはさすがに婆汁まではやってませんでした、撲殺止まり。それでも十分怖いですが。)

お伽草紙(太宰治)・カチカチ山はページの真ん中後ろあたりから。

太宰先生によると、このお話はあまりに描写が過激、特におばあさんを殺しあまつさえ婆汁にするのは子供には刺激が強過ぎて発禁処分を受けてもいたしかたなし、それを受けて(当時として)最近のものは「おばあさんを怪我させた」程度に表現を抑えているが、そうなると今度は兎のやり口はあまりに執拗で度が過ぎるのではないか、怪我をさせたからといって殺しちゃダメだろ、と変な方向に走り出します。走り出したメロス、もとい太宰先生の筆は止まるところを知りません。

「そもそも兎の復讐は詭計に終始し武士道精神にもとり、男らしさのかけらもない。だがこれには理由がある。兎は女性、それも16歳の処女なのだ!」という無茶苦茶と言わざるを得ない論理展開で予想外の結論に辿り着きます。太宰先生、16歳の処女に何か嫌な思い出でもあるんでしょうか。

かたや狸はモテない37歳独身男性、しかも愚図。私と同い年で、読み進めるに彼に同情せざるをえなくなってまいります。好きな女性にいいように弄ばれ、それでも気付くことなく寧ろ「俺に惚れちゃったかな」と勘違いする行など涙無しには読めません。実際のところはニヤニヤしてましたが。とにもかくにも兎の仕打ちは酷いの一言です。火責め唐辛子責めに飽き足らず臭いだ汚いだ卑しいだと暴言の嵐、そして最後は水責めで溺死せしめます。狸哀れなり、南無阿弥陀仏。

太宰先生はこのお話を「女はみんな無慈悲な兎を心の中に飼っている」とし、「男はいつも狸のように溺れているものだ」とまとめています。やっぱり16歳の処女に何か嫌な思い出があったんでしょうね。


とまあ、著名作家の手により描き直された昔話は色々あるようです。青空文庫で無料で読めるものも多いので、秋の夜長に読まれてみてはいかがでしょうか。思っていたのとはまた違った昔話を楽しんでみるのも良いかもしれません。

先日、広島カープが16年ぶりのAクラス入り、初めてのCS出場を果たしました。万歳!!!そんなわけで、本エントリーでは僕と広島カープの思い出についてだらだらと書いていきます。

千葉生まれアメリカと千葉育ち、両親は九州と関西ということで全く縁の欠片も無い広島カープをなぜ応援するのか、とよく聞かれます。理由はいたって簡単で、小さい頃に親に買ってもらったカープ帽が気に入ったから。これです。なぜカープ帽だったのかというと、僕の誕生日が5月5日で鯉のぼりにちなんで、ということだそうです。当時の広島カープは山本浩二・衣笠祥雄がいた黄金時代で、野球はよくわからないながらもカープが強くて素敵なチームだとなんとなく把握しておりました。

時は過ぎて中学に入った頃、どういうきっかけでか忘れましたがプロ野球をよく見るようになりました。なんとなくながらカープを応援し続けるうちにすっかり熱烈な鯉党に。カープが勝った日はスポーツニュースのはしごをして家の中でメガホンを振り回しながら何度も勝利を祝いました。特に江藤選手の美しい放物線を描くアーチはリプレイしまくりましたよ。江藤選手と前田選手の当時の背番号33と31は僕の中では今でも大切な番号です。コインロッカーとかで番号を選ぶ時は優先的にこれらの番号にしています。中学・高校の頃は少ない小遣いの中で何度か観戦にも行きました。僕が観に行くと負けるというジンクスが5回ほど発動したところで行くのは止めましたが。
当時のカープは第二次黄金期と言われ、前田・江藤・金本のクリーンナップに野村や緒方などの生え抜き野手(今やみんなレジェンドクラス)が打線を組んでいたのですが投手力が弱く、あのときに優勝できなかったのが本当に悔やまれます。そしてフリーエージェント制度が始まり貧乏球団の広島カープからは続々とスター選手が引き抜かれ、ドラフトの逆指名制度が始まり即戦力選手を獲得することもままならず、厳しい冬の時代を迎えます。

育成球団だとか阪神のファーム(金本・新井・シーツと歴代の4番打者が阪神に移籍)だとか揶揄されながら若手の育成に励み、即戦力新人投手を酷使しては使い潰すやり方とも決別し、やっと、やっと勝ち取ったAクラス。もう涙がちょちょ切れるほど嬉しいです!巷では中日が弱くなったからによるたなぼたとか言われてますが、そんなの関係ないです。AクラスはAクラスです。せめて借金なしで終わってほしいですが、まあ別にいいです。
さらにさらに、今年はマエケン、ノムスケ(野村祐輔)、バリントン、大竹と先発4本柱が全員二桁勝利というおまけもついてきて、もう、もうね。嬉しくておもらししそうです。(これだけ投手が揃っていてどうしてギリギリのAクラスなのかとかそういうのは触れずにそっとしておいてください)

一方で残念なニュースも。新人の頃から応援していた前田智徳選手がとうとう引退することとなってしまいました。広島カープファンは毎年毎年、今年こそは引退してしまうのではないか、せめて再びAクラスになるまでいてほしい、という気持ちでいたので、残念でとても悲しいと同時に、ようやく気持ちよく送り出せる状態になったのかな、というところです。

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僕の背番号1(前田智徳選手)のカープユニTシャツ、一度も球場で着ることなく終わってしまったのが残念ですが仕方ない。せめてCSはこれを着てバンクーバーから応援したいと思います。前田選手、本当にお疲れさまでした!そしてひっそりと引退が発表された菊地原投手。神奈川のドクターKと呼ばれた左腕は期待ほどの活躍はなかったものの中継ぎを中心にカープを支えてくれました。ありがとうございました。

今オフは絶対的なエースであるマエケンが大リーングに挑戦してしまうかもしれず、そうなるとまた昨年までの弱小球団に逆戻りする可能性も大いにありますが、今年は若手野手も伸びてきたことだしまた新たな戦力を発掘してなんとかこれを乗り越えてもらいたい、そう願いながらカープファンのだらだらとした独り語りを今日のところは終わりにしておきます。

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