気まぐれ思いつき日記

2012年4月から妻の海外赴任に伴い主夫業と育児に励む40代男性の日常。2年間ずつバンクーバー、LAに滞在、2016年8月末に帰国。現在は主夫と会社員とライターの三足のわらじで頑張ってます。バンクーバーやLAと関係ないことも多々あります。

2017/02

フェイスブックにも書いたのですが、昨日の朝、娘が「学校に行きたくないなー」と言い出しました。まあ何かにつけてそんなことを言うので、ものすごく強い気持ちではないんでしょうけど。

理由は長縄跳び。

娘はカナダとアメリカで育ったので長縄跳びはほとんどしたことがありません。友達とちょっとやる程度。それも中に入って何回跳べるかなというタイプで、日本の、すごく長い縄に飛び込んで1、2回跳んでまた出る、というスタイルは未経験。
この長縄跳びを、いくつかのチームに分かれて何回跳べるか競ってるらしいのですが、娘はいつも引っかかってしまい足を引っ張っているのでチームのみんなから「また○○のせいで負けたよー」と責められるそうです。

僕は運動が苦手でアメリカ育ちだったせいで、やはり同じような目にあったので辛い気持ちはよくわかります。ただ、幸いなことに鈍感な僕はそこまで傷つきませんでしたが、その辺はとても繊細な娘。非常に心を痛めている様子。

で、そのことを友達と話してて改めて思ったんですが、組体操にしてもそうなんですけど、なんというか、こういう全員が同じことをできるようになりましょう、という軍事調練の練習的エッセンスが多分に盛り込まれた体育の内容って、前時代的じゃないですかね。 

アメリカやカナダの授業スタイル全てが良いとは思いません。日本の方が優れてる部分もたくさんあると思います。平均的な能力とか日本の小学生はとても高いですしね。
でもね、個人的に日本の体育の授業はおかしいと思う。というか狙いはなんだ?生徒みんなが健康的に体をしっかり動かすことが狙いなら、長縄跳びで回数を競う必要はないし、鉄棒で逆上がりができるようになるまで特訓する必要もないでしょ。
ゲーム感覚として競う要素を入れるとするなら、誰かが足を引っ張るシステムになってるものではなく、優秀な誰かが輝くシステムの競技にすべきだと思うのですよ。
百歩譲って長縄跳びで回数を競うなら、その前にちゃんと「失敗した人を責めない」という道徳教育をするべきでしょ。失敗を受け入れられる社会を築こうよ。学校として、教育の場として、必要なのはどっちなのよ。

とお父さんはすこぶる憤慨しております。

体操着だってなんで同じものを着ないといけないのかわかんないし、相変わらず半ズボンをはけとかいう謎システム。寒いっての。それなら先生も半ズボンになれっての。 あー、腹立つ。 

と怒りを発散し(鬱積してるとも言う)、今日も1日頑張ります。 

約半年に及ぶ就職活動の結果、某日本企業の採用業務を契約社員としてスタートすることになりました。契約社員なのでお給料安いですけど、正社員登用もあるし、都合5年近いブランクがあるにも関わらず(それを悪しとして正社員採用は見送られたんですが)採用してくださった会社さんに感謝であります。

ここまで数えきれないくらいほど応募して、面接に漕ぎ着けたのが9社。お断りの理由に「ブランクがねー」と言われて、「いや、経歴書見ればわかってたでしょ!」と言いたくなるときもありましたが、ブランクをひっくり返せるくらいの魅力がなかったのがいけないんだなと反省もし。
まあ専門性は高くないジェネラリストな40歳の男性、しかも4年半以上ブランクもある、というのを雇うというのはそれなりにリスクがあるんだろうなとは思います。今更ですけど!

でもさー。ブランクあるとどうなのさ?とも言いたいわけです。そりゃね、仕事に対する体力的な問題はあると思います。おそらく半月から1ヶ月くらいは、定時退社でもぐったりでしょう。1日乗り切れるかすら怪しい。ただ、お仕事をするということに対する勘みたいなものはどれくらい影響するんですかね。全く同じお仕事に復帰するのであれば、「あれ?これどうだっけー?」みたいなのはありますけど、言っても違う会社に入るわけで。まあこの辺は始めてみないとわからないんですけど。

「ほら見ろ、ブランクなんか仕事する上で関係ないやんけ!」と言い切れるくらい、しっかり働きたいなと思いますです。 頑張るぞー。  

最後に、なかなか僕のお仕事が決まらない中、励まし支えてくれた妻、応援してくれた家族や友人達にも心底感謝。「こんな優秀な人材が市場に出てるのに、みんな見る目ないねえ」なんて言ってくれる人たちも何人もいて、お世辞と分かってても嬉しかったです。本当にありがとう!

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