気まぐれ思いつき日記

2012年4月から妻の海外赴任に伴い主夫業と育児に励む40代男性の日常。2年間ずつバンクーバー、LAに滞在、2016年8月末に帰国。現在は主夫と会社員とライターの三足のわらじで頑張ってます。バンクーバーやLAと関係ないことも多々あります。

カテゴリ: バンクーバー・雑感

子供が急に海外で暮らすということ」というエントリーがちょっと話題になっています。
4才の子供がある日海外(アメリカ・カリフォルニア州)に引っ越して言葉もわからない現地校に入り、他の子達とコミュニケートできず孤立し、メンタルを病みかかっている姿は想像するだに胸を締め付けられる思いです。

ちょうど友達が子連れで海外に引っ越したという話を聞いたので、その友達や他の人でも誰かの参考になればと思い、少し書いてみます。


思い返せば我が家もカナダに引っ越して娘には辛い思いをさせたなあという気持ちがありまして、上のエントリーは我が家にとって人ごとではなかったわけです。
うちにとってラッキーだったのは、奇跡的と言っていいほど、ていうかもう奇跡だな、うん、神がかり的に周りの人達に恵まれたということです。

まず同級生に日本人(厳密にはハーフ)がいたこと。
この子はカナダにいる間の娘にとってのベストフレンドの一人でした。この子が通訳の役割を果たしてくれたことで、他の子との交流もちゃんとはかれたのかなと思います。

1つ上の学年にも日本人がいたこと。この子達のお母さん達にも相当助けてもらいました。入ってすぐの頃、休み時間に一人で泣いていたところを声をかけてくれて一緒に遊んでくれたのは本当に助かりました。
翌年、同じように泣いていた新入生の日本人の子に声をかけてあげたと娘が報告してくれたときは本当に嬉しかったです。

さらに、入学してすぐに、同じアパートに同級生が住んでいてしかも同じように海外から引っ越してきたばかりの子供がいたこと。この子のお母さんはアパートが同じであることに気づいて夕飯に招待してくれました。(そのときのことを過去に書いています。娘にお友達ができました

また、クラス役員のお父さんとお母さん(どっちも中国系カナダ人)が本当に本当にいい人達で、馴染めずにいた娘のことをとても気にかけてくれたこと。
放課後、遊び相手がおらずポツンと立っている娘に声をかけて、自分の子供達に「一緒に遊んであげて」といつも声をかけてくれました。お父さんの方は僕と同じく主夫で、以前は神父だか牧師だかもしていたんだとか。どうりで優しい。僕の生涯で彼ほど優しい人が他にいたかな、と思うくらい優しい、そしていつも冗談ばかり言っている気さくな人です。一度、家に招いたときに「娘のことを気にかけてくれてありがとう!」と伝えたら、「だって娘ちゃんは知らない人ばかりのところに、しかも言葉がまったくわからない世界に急に放り込まれたんだよ?自分だったらと思うと考えるだけで恐ろしいよ。だから自分にできる精一杯のサポートをしようと思ったんだ。」と言ってくれました。神父っていうより神様なんじゃないかな。

いまだに当時のことを思い返すだけで感動で涙がこみあげてくるくらい、本当にたくさんの親切に恵まれて、だからこそものすごく良い印象をバンクーバーに対して持っています。

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小さい子供を連れて海外引っ越す人にお伝えしたいのは、子供の親同士のコミュニケーションがとても大切だということです。もっというと、遊び相手になってくれる子の親と早く仲良くなることが肝要。

日本と異なりアメリカやカナダでは(そして他の多くの国でも)、子供同士が勝手に約束をして放課後に遊びに行くということができません。なので親同士で話して、いつだったらば遊べるのか、どちらがどちらの家あるいはどこの公園に行って遊ぶのか、何時まで遊ぶのか、誰が連れて行き付き添いをするのか(子供だけで外で遊ぶのは御法度)。そういったことを全て話した上で一緒に遊ぶことになります。

男性の親の場合はこれが非常に高いハードルで、僕はコミュニケーション能力は低い方ではないと自負しているのですけれども、やはり女性ばかりの中にいきなり飛び込んで(ここまではできるけど)しかも連絡先を交換したりするのはなかなかに難易度が高い行為です。子供同士が先に仲良くなっちゃえば「プレイデートしたいって言ってるんで連絡先教えて」って言えますが、親側で先に仲良くなってという行為ができない。そこに加えてシャイな娘は自分から友達と約束をしてこれない(というか保育園育ちでそもそもそういう習慣もない)ので割と八方塞がりになるところでした。周囲のサポートがなかったら、そして同級生や近い学年に日本語を喋れる子がいなかったら、どうなっていたことかと思うと背筋が寒くなります。

願わくば、先のエントリーのお嬢さんが早く仲良しのお友達を作って、学校が楽しくなってくれますように。。。

よくアメリカは人種の坩堝と呼ばれます。移民国家であるアメリカは世界中の人種が混ざり合った、文字通り坩堝です。一方、カナダも移民国家で、特にバンクーバーはご存知の通り世界で住みやすい街の上位に常にランクインしているほどで、こちらは人種のモザイク、と自称しています。まああまり注目度が高い国でもないのでそのように他称される機会があるかどうかはわかりませんが。

坩堝とモザイク。どっちも入り交じったという意味を感じる言葉ですが、坩堝は英語で言えば "Melting Pot"、つまり溶かして一緒にしちゃうものなわけです。「アメリカに住んでる以上、みんなアメリカ人だぜイエーイ!」みたいな感じと受け取ってもらえるとわかりやすいかと。

方やモザイクはというと、エッチなビデオなんかのモザイクではなく、モザイク画とかの方をイメージしてもらいたいのですが、色々な色のタイルがそれぞれの色のまま一つの大きな絵のパーツとして生きています。バンクーバーに住んでいて感じたカナダにおける移民(短期滞在も含めて)のあり方として、基本は母国そのままの文化や生活スタイルを維持しお互い尊重しながら上手く融合して街を形成していこうというのを強く感じました。(某大陸から来た方々は行き過ぎて嫌がられてますが)

ここでエントリーのタイトルなんですが、娘はロサンゼルスに引っ越して来て学校に通い始めて2週間くらいでアメリカ国歌を家でもよく歌うようになりました。あと卒園式・入学式があったので君が代も心に響いたらしく、Frozenばかりだった彼女の歌は国歌ばかりに。ところが2年も住んでいたカナダの国歌はほとんど歌いません。というか歌えません。これに気付いた時に、アメリカとカナダの違いをガツンと感じました。

つまり、アメリカでは全員がアメリカ人たらんとするため、公立の学校では毎朝国歌斉唱をします。毎朝です。その前にまず胸に手をやり、国家への忠誠も誓います(※)。 カナダではこんなことしません(娘が通っていた学校だけかもしれないけど)。それぞれの国から来た子供達にはそれぞれの国家があるのだから、毎朝強制的にカナダの国歌を歌わせるなんてことはしないのです。もちろん式典などでは全員起立して歌いますけどね。ゆるいっちゃゆるいんですが、悪くないでしょ?

たかだか2年過ごしただけですが、僕はカナダのそういうところがものすごく心地よく、長く住むならカナダが良いなあと思ってしまうのでした。(ロサンゼルスの天気と物価の安さも相当魅力的ですけどね!) 


※国歌を歌う前に次の文言を宣誓します。娘はスラスラと暗唱してくれて、もうすっかりアメリカ人になっちまいましたよ、、、。
"I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all."
(私はアメリカ合衆国国旗と、それが象徴する、万民のための自由と正義を備えた、神の下の分割すべからざる一国家である共和国に、忠誠を誓います)
(参考:Wikipedia) 

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ロサンゼルスに引っ越すことになって色々と調べている中で面白いなと思ったので少し。
 
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ロサンゼルスは地中海性気候という気候帯に属し、年間を通して温暖で乾燥していて過ごしやすいのが売り(?)です。しかも海に近いということは「海水浴し放題じゃん!」と喜んだのですがそうは問屋が卸しませんでした。気温は暖かいのだけど、寒流が流れ込んできているので海はあまり暖かくないんですって。

ところで今まで住んでいたバンクーバーは緯度的には択捉島と同じかなり北に位置しているのですが、そこからイメージするような極寒ということはなく、東京より少し涼しいくらいの過ごしやすい気候です。これは暖流が流れ込んでいるからだそうで。ただ、暖流は湿った空気も運んでくるので雨が多くなるわけです。なるほど。

面白いなと思ったのは、北に位置するバンクーバーに暖流が流れ込み、南に位置するロサンゼルスに寒流が流れ込んでいるということでして、どういう流れになってるのかなと調べてみたらWikipediaにとてもわかりやすい海流図が出ていました。
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・バンクーバーに流れ込んでいるのはアラスカ海流、名前に似合わず暖流。
・ロサンゼルスに流れ込んでいるのはカリフォルニア海流、名前に似合わず寒流。

ここで気になったのが、寒流が流れ込んできているにも関わらずロサンゼルスが温暖な理由。これはやはり緯度が北緯34°と東京より少し南、和歌山あたりと同じであるということと、寒流は湿った空気を持ち込まないので年間を通じて晴れることが多く、日射量が多いことに由来すると思われます。

日本にいると海流がどうとかなんて釣りに行く人以外あまり気にしない気がしますが、あちこち移り住むと気候に大きく影響しているんだなとわかり興味深かったです。気候に影響するのは赤道や海から近い・遠いだけじゃないんだよ!


おまけ
上の海流図を見ると、親潮・黒潮は英語圏でもOyashio、Kuroshioなんだなあと少し嬉しくなりました。正確にはOyashio Current(オヤシオ海流)という呼称ですが。

おまけ2 
どうでもいいんですが、「年間を通じて温暖かつ降水量が少ない気候帯」が地中海性気候なわけで、地中海性気候だから晴れてて雨が少ないわけではないのです。その辺をはき違えてYahoo!知恵袋にドヤ顔で答えてる人がいてちょっとイラッとしましたのでお裾分け。 

こういう人ってホントに残念、ていうか嫌い。

またまたひっさびさの更新になってしまいました。年初の誓いはなんだったのか。

でもまあ、表題の通り、バンクーバーを去ることになりまして。ていうかもう去ったんですが。それで色々忙しくて更新が滞っていました。うん、そこまで忙しかったわけでもないんですけどね。

2年前の4月14日に引っ越して来て、ちょうど2年で離れることになりました。引っ越して来た当初は知り合いもいないし雨ばっかりだし物価は高いしサービス悪いし、正直あまり良い印象がなかったバンクーバーでしたが、慣れるにつれて良い面がたくさん見えて来て、2年経った今ではもう大好きで大好きで離れたくなくて泣く泣く別れを告げる街になりました。 
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何がそんなに良かったのかを書き出してみますと、

・人が優しい
 まずはコレに尽きます。みんなすっごく親切。困っていると助けてくれる人がたくさんいます。人当たりがとにかく良い。もちろんそうじゃない人もたくさんいるんですが、それでも本当にたくさんの人に助けてもらったおかげで楽しく過ごすことができました。他人に親切にされると自分も他人に親切になれます。ペイフォワードっていうんですかね。街全体の雰囲気がいいところだなあと思います。これに反してお店や公的機関のサービスが悪いのが不思議です。対価を払ってるのにねえ。あと、老人や障碍者、子供にもめちゃくちゃ優しいので、日本に帰るとこの部分が逆に「何でサービスはあんなに良いのに弱者には優しくないの?」と思ってしまいます。

・緑が多い
 郊外に住んでいたからなおさら強く感じるのでしょうが、もう周り緑ばっかり。雨が多いからよく育つというのもあるのでしょう。おかげで空気もきれいで気持ちよいです。住環境としては最高。
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・安全
 子供がいるから特に感じるのでしょうが、 ちょっと目を離した隙に、ということがないのは安心です。同じ北米でもアメリカではそうはいきませんからね、、、。公共交通機関に乗ってもガラの悪い方もいないので安心して利用できます。

・ご飯が美味しい
 最初の頃は情報が不足していてなかなか美味しいお店というのが見つけられなかったのですが、長くいるにつれてお気に入りの店も増えました。バンクーバーは世界中から移民してきているので、色々な国の本格的な料理を食べられるのが魅力です。特に飲茶は最高!離れて半月経ちますがすでに恋しいです。 あとプティーン。なんで他の国ではないのでしょうか。
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(写真はワイルドライスのチャーハン@Red Star Seafood Restaurant。独特の食感で超美味!)

・街のサイズが程よい
 バンクーバーという街は大きすぎず小さすぎずの程よいサイズでして。車で20分も走ればほぼどこにでも行けてしまいます。車で10分もあれば海に行けますし、もう少し足を伸ばせば山にも行けちゃう。そこまで大きくないエリア内に色々な魅力が詰まっているのがバンクーバーの良いところだと思います。

・夏は最高!
 夏以外は雨が多くあまり楽しくないバンクーバーですが(でもその割にジトジトはしてないのが不幸中の幸い)、夏は最高です。日は長く、暑すぎず、爽やかで、世界でいちばん最高の夏を過ごせる場所の一つではないでしょうか。夏場は夜9時でも明るいので、妻の仕事が終わるのを待ってからおにぎりやサンドイッチを持ってビーチに行き、ピクニックを楽しんでいました。もちろんバーベキューもできます。バンクーバーの夏が恋しい!
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もちろん最初に書いたような不満は依然としてあるのですが(でもサービスが悪いのには慣れますw)、それを補ってあまりあるくらい素敵な街でした。宝くじ当たったら移住したいなあ。

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さてさて、で、バンクーバーを離れ日本に帰ったのかというとさにあらず。今度はロサンゼルスに住むことになりました。雨が多いバンクーバーとはうってかわって、雨が降ることが滅多にないロサンゼルスの街。着いた日から熱波が来襲していて毎日35℃といきなり洗礼を受けています。まだ引越の荷物が届かないのでホテル住まいですが、早く落ち着きたいものです。

ということで、気まぐれ思いつき日記は今後、ロサンゼルスからお送りしまーす。これからもよろしくお願いします!

いつも色んなニュースを子育てと関連付けて眺めることが多いんですが、いや難しいですわ、子育て。スパンがめっちゃ長いし、これから世の中がどうなるか全然わかんないんだもん。お父さんお手上げ。

ひとつ思うのは、現状すでに音声認識ソフトの認識精度の向上が凄く、これで翻訳ソフトの精度がもっと上がれば、おそらく語学スキルの必要性がかなり落ちるんじゃないかなということ。もちろんいま現役でお仕事されてる方とかは頑張らないといけないんだけど、子育てするにあたっては英会話スクールとかに使う時間やお金などのリソースを違うところに投入した方が良いだろうなと思うんですよね。

アメリカやカナダの小学校では"Show and Tell"といって子ども達は自分のオモチャとかを持って来てクラス全員にそれが何であるかというのをプレゼンする授業があります。Kindergarten、つまり幼稚園年長さんからそれをやっています。もちろん、小さい子ども達なので最初の頃はめちゃくちゃだそうなんですが、5、6歳の「新しいオモチャは友達に自慢したい!」というお年頃をよく理解した素晴らしいカリキュラムだと思います。娘は英語がロクに話せない頃から次の"Show and Tell"は何を持って行くんだとかすごく楽しみにしていて、「うあー、発表とかすごくイヤだー」というのとは全くの無縁なのです。

彼らは当然、英語が喋れるわけで(うちの子をはじめ喋れない子も多々いるにはいますが)、それだけでも現状の価値観からするとアドバンテージがあり、さらにプレゼンスキル向上の訓練を受けているわけで、日本人の子ども達も英語の勉強よりもすることがあるんじゃないかなあと思いました。とにもかくにも"Show and Tell"は日本の小学校でも導入していいんじゃないでしょうか。もうされてるのかな。

ご参考までに、こちらの教育事情の微妙なところも。算数、やばいです。中学・高校生レベルの子が分数の割り算を図書館で同級生の子に教えてもらっていてびっくりしました。「分母と分子をひっくり返してかけるのは何で?」という質問に「も、もうそういうもんだから!」と教えてる方は説明を途中で諦めてましたが、そういう子がゴロゴロいるようです。30年くらい昔からその辺は変わってないんだなあとしみじみと感じましたとさ。うちの子、ただでさえ算数苦手なんだがなあ。。。両親理系なのにどうしてこうなった。

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